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古さと新しさ
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新しい女らしさ
昔から相性ということがいわれます。また離婚の中で、性格の相違による件数が少なくありません。
とすれば、自分の好みに合った性格の人を選ぶことが、結婚生活に永続的な和合をもたらす道だと称せましょう。その意味で、男性が相手の性格にきわめて強くウェイトをおいているのは、賢明です。しかしながら、その好みが、いささか古くさい、男性本位のものであるとすれば、これは男性自身が深く反省しなくてはならない問題です。夫婦の形態は、たとえば共かせぎの激増という一事をとってみても、今日、どかいばらえきけんんどん変化しています。、今どき、貝原益軒の女大学を無批判にありがたがって守っているような女性を期待する気持を、心の奥の片すみになりと潜在させているとしたら、アナクロニズム(時代錯誤)も甚だしいと称さねばなりません。
けれども、ひるがえって考えてみると、男性が女性に対して、よい意味の女らしさを希望するのは、当然のことでしょう。男みたいな妻、男だか女だかわからない中性的な妻が、通常の感覚をもつ男性にとって魅力的であるはずはありません。男性は、常に永遠に女性的なものに対してあこがれをもっています。このことを、他方において、女性はじゅうぶんに了解しておく必要があります。現代の最先端を突っ走る女性の中には、どうかすると、女性が女性らしく成長することをたいへんに屈辱的なことででもあるかのように、感違いしている人がいます。
イプセン作「人形の家」の終幕で、ノラは、「私は妻であるまえに人間です」と宣言して、家を出ました。しかし、男性に対抗意識を燃やし、肩を怒らして女権を主張する時代は、もはや過ぎ去っているのです。少なくとも、そういう感覚を、自分の結婚問題にもちこむのは、おかしなことです。自分の家庭を、男女の同権と平等を闘いとるための戦場とする必要はないのです。そんなことにむやみにこだわるのは、変なコンプレックスの裏返しの表現である場合が多いのです。
その内容は、もちろん時代によって変わりますが、女性のもつ、よい意味の女らしさそのものは、いかなる時代にも美しく輝くものです。若い女性の間でとりわけ悪評の高い良妻賢母は、そのまま今の世の中に再生されてよかろうはずはありませんが、新しい観点から再評価されるべきです。
女性が望む愛情
計算はすでにしてある
結婚する場合、まず何よりも愛情!という女性は、三十代より二十代後半、さらに二十代前半と、若いほどますます多くなる一方ですが、どの年齢でも、第一条件の中で首位をしめています。古い世代は、結婚の基本を愛情におかず、家がらのようなことを重んじました。、そのため、愛情ぬきの見合結婚や押しつけ結婚も行なわれました。
現代の女性が、これに反発して、愛情の尊厳を確立しようとしていること自体は、よい傾向と称せます。「愛情なき結婚は、神前における売淫にすぎない」(ジョルジュ・サンド)とにかく、この調査統計に表われたかぎりでは、一見、現代女性の愛情至上主義は驚くほど徹底しているかのようです。二六〇〇名を越える中で、第一条件に「財産」をあげた女性は、たった四名で○一五%。「学歴」は○四%。「容姿・容貌」は六名しかいません。「ハンサム謝絶、財産・学歴あえて求めず」といった態度を示しています。
外観、親のすね、レッテルなどよりも、まずもって心から愛情の分かち合える人を・:・というわけ。しかし現代女性は愛情こそーと唱えてはいても、星にスミレ的にポーッとロマンチックに思いえがいているのではありません。リンそれは、さきに述べたとおり、第二条件のトップに「生活能力」を掲げていることからも明瞭です。相手の経済力ということも、じゅうぶんすぎるくらい考慮に入れているのです。それは、もう先刻、計算ずみの人が多いのです。
ここに、九州のある市役所に勤めている二十一オの女性の回答があります。彼女は、こう書いています。ーAさんと私は、お互いに深く愛し合っている。けれども、結婚したら、一生、最低生活を送ることを覚悟しなくてはならない。その点、Bさんなら、そういう苦労はしないですむし、私をかわいがってくれそうだ。彼は、熱心にプロポーズしてくれるが、どうも愛情はわかない::。もし、私がそんな立場におちいったとしたら、きっと悩むことでしょう。そして悩んだすえ、Aさんのもとに行くと思います。
自分の気持に忠実に生きたいというのが、私のモットーですからーところで、注目すべきは、これにつづけて記されている一文です。ーしかし、私は、将来このような悲痛なハメにおちいることはないと思うのです。なぜなら、それほど貧乏な人に対して、結婚を考えるまでに愛情を抱くはずがないでしょうから(傍点筆者)ーこう、ただし書きを付して、彼女は「愛情」に二重丸をつけています。これは、現代女性の結婚観のある一面を、非常にあざやかに、率直に告げたものではないでしょうか。愛情に含まれる
エトセトラ
自覚と合理性をここで、この調査を別の角度から検討してみましょう。《結婚相手の経済力は、どの程度に望みますか》という設問について、「私より上でなければいやだ」とはっきり断言した女性が、十代で七八%、二十代で七五%、三十代でも五五%です。「私より下でもよい」および「経済力にはこだわらない」と答えた女性は、両方合わせても十代九%、二十代八%、三十代一四%にすぎません。
そこで、さきの質問で愛情に二重丸をつけた女性(五六五名)を抽出し、これと全対象者の平均レベルとを比較すると、〔第一表〕のようになります。ご覧のとおり、愛情第一の人は、「上でなければ」というのが少し下がり、「こだわらない」というのがわずかに上がっていますが、その増減は意外なほど少ないのです。
一方では「愛情こそ!」と答えながらも、他方では、未来の夫に対する経済力の期待は依然として相当に強いと見ざるをえません。これが、彼女たちの心の深層にひそむ生活意識の実相なのです。この結果に対しては、打算的だという非難も、堅実だという賞賛も出るでしょう。が、それはしばらくおいて、心理研究会のメンバーが、このデーターを示して直接にインタービューして集めた、未婚女性のなまの感想の中から、三つだけ紹介しておきましょう。ー愛情は、もちろん非常に大事。お金より、はるかにたいせつです。お金で愛情は買えませから。
でも、お金がないと、やがて愛情そのものまでむしばまれてゆくのではないかしら。(二十五才、会社タイピスト)ー結婚するからには、愛情は絶対条件ですよ。しかし、愛情さえあればというのとも違います。・愛情は第一条件というのではなくて、根本前提ですね。まず何よりも愛情がもてること。
その上にプラス・アルファーがあってこそ。二十五才、デパート定員)愛情といいますが、パッと芽生えた愛情などというのは、あてにはなりません。愛情は、長い夫婦生活の中で作り、育てていくものと思います。ですから、結婚の条件として愛情をまっ先に数えるなら、それは将来、美わしい夫婦愛が育ててゆけそうか、どうかという可能性についての、ある程度の見通しのことでしょう。そうなれば、誠実な人とか、尊敬できる人とか、信頼できる人とか、思いやりのある人とか、多分に性格的要素が入ってきます。(二十六才、公務員)
愛情 - これは、だれしも体験する心理上の厳然たる事実なのに、だれもが深く反省しないで過ごしています。これを自分の心の中で明確にするよう努力するのは、最も肝要なことです。というのは、何も愛とは何ぞやというようなむずかしい哲学的思索を試みろ、ということではありません。そうではなくて、恋人や、結婚してもよさそうな異性が現われた場合、つまり愛情の問題に直面した場合、この最も鮮烈な感情の本体は何であるか、立ち止まって、自已分析してみることが大事なのです。自分の心をしっかり凝視することです。
そうすると、あなたとあなたの相手との愛情の交流の中には、一口に愛情といっても、実に多くのファクター(因子)がひそんでいることがわかってきます。このファクターを一つ一つ、冷静に問いつめてゆくことが、男性にも女性にもきわめて必要です。これからの結婚には、このくらいの自覚と合理性がなければなりません。
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